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そして「X」へ

その日は、突然に。本当にやってきた。イーロン・マスクが買収するとかしないとか。「Twitterなくなるってよ問題」だ。最終的にTwitter社自体がなくなって、「いつか来るだろう」とは思っていたけど、もう本当に、突然の出来事だった。イーロン・マスクが「Twitterやめて、Xだか […]

国立競技場に映るは国の真影

神宮に建つ国立競技場を真上から見ることが増えた。このあいだ見た写真は、どういう加減だか光が反射していて、まるでオーバル型の鏡のようだった。 開催が迫るなかでオリンピック関連のニュースには、いくつも論点があり、すべて拾うと枚挙にいとまがない。ただ、TOKYO2020というイベントが […]

人生相談という「リアリティショー」について

ずっと気になっていた。きっと多くの人は「人生相談」に幻想を抱いている。 実は、誌上で行われるほとんどの人生相談は「リアリティショー」なのだ。 相談者と同様に、同じような境遇がある人・特定の状況を考えたい人・正体のわからないモヤモヤを抱えている人に向けて、考え方を提示する。相談者の […]

あなたが思うほど「発達障害」は受容されていないが、特殊でもない

4月2日は「世界自閉症デー」だった。そこから1週間(4/8まで)は「発達障害啓発週間」に充てられているのだが、多くの人にとっては他人事だろう。 時を同じくして、新入社員と思しき姿とすれ違うことも増える時期だ。 社会でどうやって生きていくのかを考える材料として、ロールモデルを探すの […]

それ、本当にカッコいいですか?

今わたしには、とても不思議なことがある。 どうしたら、オリンピックの開会式で『AKIRA』をモチーフにした演出を「カッコいい」と言えるのだろうか。 あの文春砲とほぼ時を同じくして流れてきたのは、バレンティノのニュースだ。もしも、あのビジュアルを––帯(のように見える反物)を絨毯の […]

自分が痛くないことを知覚するのはむずかしい

先日、こんな記事を書いたけど、やっぱり人には「当事者」にならないとわからないことが多いようです。 本日2020年10月14日は、Twitterで「例の漫画」というワードがバズっています。また、フランスで開かれる予定だった「モンゴル帝国」に関する企画展を中国が検閲した件も局所的に注 […]

当事者でも、専門家でもなかったとしても

ここ最近、何かを語り出すときには立場を明かしてからでないと信用されない。特に「当事者かどうか」「専門家かどうか」の2点が重要らしいのだ。 前にもどこかで(Twitterだったかも)「カミングアウトしなくてもいい世界がいい」と書いたり話したりしたが、基本的にそれは変わらない。 もち […]

「個性」で生きやすくなるとは限らないのに

「個性は美しい」と人は言う。しかし、果たしてそうだろうか? 善きものとしての個性しか見ていない可能性に、もっと敏感になったほうがいい。 少なくとも現在の日本で、病気や障害を「個性」と捉えようと言ってしまえることの愚かさよ、と個人的には思っている。 そんな中で起きた、今回の花王ロリ […]

(補足)「ヒロシマタイムライン」二重の危うさについて

昨日書いた記事だけど、やはり補足が必要だと思う。 フィクションを描くにあたり、「ひろしまタイムライン」は、「烏丸ストロークロック」から監修として柳沼昭徳、広島を拠点に活動する「舞台芸術制作室 無色透明」からサポートとして坂田光平を迎えている。ただ、彼らがどこまでかかわっているのか […]

世界一危うい「マスメディア」のTwitterに登場した、救いのないフィクションについて

ほんの数週間前に好意的に受け入れられていたTwitterアカウントの企画がヒートアップしている。いまのところあまり言われていないけど、「Twitterというメディアをわかってない」「安易にフィクションに頼ることで【虚構】の力を萎えさせた」ということがヤバいと思う。だってNHKなの […]