「おもてなし」を世界に掲げた東京の無意識レインボー
なんで、みんな言わないんだろう。
いや、もうしょうがないと思っているのかもしれないけど。
東京都が「感染拡大防止ステッカー」の活用を呼びかけている。東京都が設定したガイドラインに沿った対応の申請をした事業所や店舗に発行する貼り紙について。都のガイドラインでは、主に人と対面する業種ごとに対策が振り分けられていて、それを遵守した店舗・事業所にステッカーの掲示を認める制度だ。
各自治体でこのように「お墨付き」を与える制度はできているのだが、目にした中で東京都のデザインがいちばん酷い。「かわいくない」「ダサい」そういう言い方も有りうるが、嗜好の問題で片付けられそうなので、もっと強く否定したほうがいいと思う。世界を「おもてなし」しようとしていた自治体としては「失態」とも呼べるものだ。
一目瞭然、モチーフとしてレインボーが使われている。2020年の夏に、東京で。なぜ、あえてのレインボーなのか。虹色のものを身につけること、掲げることは、LGBTQを否定しない、普通のことだと表明する印でもある。虹がLGBTQのものだと言いたいわけではない。しかし、もしも予定通りにオリンピックが今頃開かれていたとしたら、どうだろうか?イベントや店舗で自治体が認証した揃いの虹色のステッカーがあれば、そういうことだと思う方が自然だったはずだ。「グローバル的」な流れではその方が多数派なのだから。
それなのに。
「感染拡大を止める」と全く別の目的の意匠でレインボーを使っている。これはおそらく、全くの盲点だったのだろう。もしも「そのような意味も込めました」と後付けしようものなら、さらにひどい話である。
たとえば、こんなことも予想される。日本語…というより漢字が読めない人がこれを見て、とある飲食店に入ったとしよう。もしかしたらその人は「あぁこのお店は安心できるのかも」と思うかもしれない。仮に当事者でなくても、変な話を聞くことがないとわかる場所は、ホッとできる。それなのに、聞こえてくるのが店主と他の客の差別主義的な会話だったら? そして……あまり考えたくはないけれど、「感染防止対策をやってるけど、それだけで、そんなつもりじゃない」と言う人だっているだろう。残念ながら。
この話、半分は実話だ。このあいだ偶然入ったお店がこのマークをしていたのだが、耳を覆いたくなる話を「店主が」していた。すぐに出たけれども。
つまり、誤解だらけで、誰にとっても迷惑なデザインだ。これで本当に世界に向けて「おもてなし」しようとしていたことを思うと、滑稽さすら感じる。
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/cross-efforts/corona/anewnormalwithcovid19.html
さらに、仕組みの設計にも問題がある(すでに言い尽くされていることだが)。
基本的には用意されたデータを各自で印刷する。印刷できない場合は郵送できるが、原理的にコピーも可能だ。むしろ推奨している。ましてや、ステッカーの掲示がないと店舗・事業所の営業できないという性質のものではなく、ただの呼びかけに過ぎない。
そんなザルのようなステッカーだが、掲示するための申請は、さまざまな情報を渡さなくてはならない。事業所名や住所、電話番号などを東京都のHPに掲載される。取材NGや連絡先のメディア非公開でやってきた事情などは考慮されない。また、東京都あるいは「その指示を受けた者」の立入検査を拒まないことをに同意する必要がある。しかも「場合によってはオープンソースとして第三者に公開されるかも」という項目には最初からチェックマークが入っている。どこかのECメルマガのようだ。
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/torikumi/1008262/1008420/index.html
それでも多くのイベントや店舗で使われているのは、背に腹が変えられないからに決まっている。
ここ数ヶ月、クリエイティブの力の必要性が語られる場面が増えた。確かにこういう齟齬が起きないように、クリエイティブの力は活用すべきだ。ただし、それは決して未来の話ではない。現在進行形の課題として、わたしたちの日常のそばにある。少し前に一部で盛り上がったローソンのPBパッケージリニューアルより盛り上がらない。いくらインフラ的な側面もあるとはいえ、ローソンも民間企業。東京都の政策は大手企業の経営戦略よりも公共に関わる問題だ。もしかしたら政治的な配慮のなさはもっと強いインパクトを持っているかもしれない。多くの人は、距離が近すぎて見えていないのだろうか。
それにしても。こんな時に、ほんとにどうしてやってしまったのだろう。全くわからない。意見を通せる立場の人だっているはずのに。その立場にある人が口をつぐんだのか、その人の訴えが聞き入れなかったのかは知る由もない。ひとつだけ言えることがある。2020年の夏に「虹」を無意識に選んだ自治体が世界を「おもてなし」をするのは簡単なことではなかった、それだけだ。