2010 年 5 月 25 日
3日間を逆順に振り返るの巻。
****
ひと仕事を終えたところで、本日のNME.COM。
Slipknot bassist Paul Gray dead at 38 | News | NME.COM
享年38歳。初めての子供が生まれてくる予定だったのか。幾重にも悲しすぎる。
そんなバッドニュースと並ぶのがpost-Oasisバンドの話。思わず吹き出してしまいます。
Liam Gallagher reveals his post-Oasis band name | News | NME.COM
新バンドのメンバーは、まぁ要するに「Oasis(ノエル以外)」というわけですね。しかもバンド名が「Beady Eye」って、何に対して警戒してるのでしょう。何を疑っておられるのか。自虐トーク。「もう誰も信用できないよ!ぷいっ」 etc..
(辞書にないところで、全然ちがう意味があるのかもしれませんが)
ど、どーなっちゃうんだ。どうやら10月ごろに新譜を出したい意向で、その辺りでライヴもやるのだと。リリー=ホワイトが参加するということで、どういう曲になるのか興味津々。思ってもみない音楽が流れてきたりして。
****
さきほど、見たことのない蜘蛛が現れた。なんか肉厚っぽかったのだけど、捕獲。わたしはお釈迦様に絲を足らしてもらう資格すらございません。
****
文学フリマで買った電子書籍は、以下の3点。実は、もっと買っておけば良かったのじゃないかと思う。まとめて割引的なものもあったらしいし…(会場を後にしてから知ったのでした)。
『石膏像と同じものをコンニャクでつくれるか!?』
編集、翻訳、作家という立場を、同じ作品のなかで次々と体感することができた。
『古川日出夫ロングインタビュー《迂回》と《越境》の文学』(『界遊002』所収)
「分かった!」と思う瞬間って大抵は間違いなんだよ。それは瞬間のカタルシスでしかない。身体的な感覚だけに頼ってもいけないんだよね。
別に友達はいてもいいと思うんだけど、馴れ合いになるとアウトじゃん。だからいかにリスペクトし続けられるかなんだよ。
耳が痛かったり、腑に落ちたり。
『未来のテキスト 電子書籍に関する55冊』
まだ途中までしか読んでいない。SFにならない未来の話ってあるのかな。
Blog |
No Comments »
2010 年 5 月 23 日
初めて文学フリマに行った。デザインフェスタ的な雰囲気を想像してたのだけど、ちょっと見当違い。会場の規模ではないよ。独特な雰囲気に押し切られて、流されてそのまま出口まで行ってしまった。コミケってあんな感じなのだろうか?
ゴーギャンの有名すぎるタイトル「——われわれはどこから来るのか、われわれは何者なのか、われわれはどこへ行くのか——」を思い浮かべていた。この人はきっと最後に眠る瞬間まで、居場所を求めていたのだろう。
数年前、ベルクソンの「閉じた社会」から「開いた社会」をつなぐものはwebというかネットの世界であろうとか云々言っていたものですが。そんな簡単に「開いた社会」が生まれるものでもない、というか「閉じた社会」が部分的に加速しているような気がする。
「開いた社会」が万能であるとは限らないし、それが間違いである可能性もあるけど。個人の経験としては、やっぱり10年前の5月より今のほうが開かれていると思う。
「父の日にはこんな贈りものはどうでしょう?」というDMが届く季節。もしもこの先に機会があれば、精子をありがとうと言いたい。曲がりなりにもこの世に生まれることができたのは、あなたの力でもあるのだから。今年は、そんなことを思った。殊勝なことを言ってみるけど、嘘じゃない。
Blog |
No Comments »
2010 年 5 月 21 日
コンピュータ制御された路線図とはいえ、やはり無数に走る地下鉄のどこかには、あちらの世界へ通じるドアがひとつくらいはあるに違いない。
副都心線のキラキラ具合になれると、丸の内や銀座線といった古参組の薄暗さがとても目につく。やばい胞子とか飛んでそうだよね。
『倫理学の地図』読み終えた。大学の教科書として使えるように、とあるけど、まさに。「さわり」を、読みやすい印象で書いているので久しくアカデミック(!)なものを読んでなかった自分でもついていけた。ときどき脱線しますが、授業みたいです。新書より濃い入門書という感じ。カントとかニーチェとかベルクソンって、なんか懐かしい名前。でも現代の問題と切り離せられない。
webはやはり、「開いた社会」を作っていくだろうと思う。でも現実には、決してアクセスしようとしない人がいる。囲い込むことで「閉じた社会」を作る。「閉じた社会」にコミットしようとする。それは悪なのか? うーん。
各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする。
「公認野球規則2009」
なのだそうだ。
「人生はゲーム」「人生はパズル」etc。いろいろ言われるけど、編者はあとがきで、その「ゲーム」とはどんなものなのか問いを発している。「勝つことを目的」と明文化している規則がほかのスポーツにもあるのか(ありそうな気がするけど)、編者と同じく分からない。
ゲームで喩えるなら。人生はドミノのようなものだと思う。ピタゴラスイッチというか。パタっと動きが止まって、永久に動かないなら死んでしまったということだし、実は地下活動をしていて、あるとき別の仕掛けが発動することもあるだろうとか。その意味で、特別な日なんてない。
ちょっと調べたら「公認野球規則」というのは世界で決められているわけではないらしく、各国独自のルールブックを持っているらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/公認野球規則
http://ja.wikipedia.org/wiki/サッカー競技規則
アメリカが改定したら日本がならうこともあるし、その逆もあるという話。世界的に取り決めをしているサッカーの競技規則とは成り立ちが違うのね(野球もサッカーも、たまに見る程度ですが)。
Blog |
No Comments »
2010 年 5 月 19 日
「teao」。懐かしい響きにつられて飲んでみたが、やっぱり甘い「清涼飲料水的」な紅茶は好きじゃなかった(ポットで入れたロイヤルミルクティーとかロシアンティーは別)。ペットボトルの紅茶でいちばん好きなのは「ジャワティー」だなぁ、やっぱり。「鉄骨飲料」「桃の天然水」とか、清涼飲料水にリバイバルがきてる? 「はちみつレモン」とか「スウォーター」も復活したら楽しいね。「サプリ」とか。でも結局、いちばん買うのはミネラルウォーターだったり、自分でお茶持っていったりするんだろうなぁ。

「転機」というのは、振り返ればそこが「転機」になっているものなんだろう。よく分からないけれど、そんな気がする。
で結局のところ、まだ『「悪」と戦う』を読むまでたどり着いていないのですが。お楽しみにとっておこう。
Blog |
No Comments »
2010 年 5 月 17 日
愛と美。三日月と金星のトランジット的なアレ。昨日は見逃してしまいましたが、今日のもなかなか良かったですよ。
Evernoteってこりゃ便利だなーと思って使ってきたけど、究極のところメモをiPhoneと同期すれば事足りるような気がする。というか、それぐらいじゃないと結局整理がつかない。自分が使うのは、基本的にテキストだしなぁ。音声メモだって結局はテキストに起こすので、それデータ自体が残っても意味がない。文字数と言っても、「だいたい100文字ならこれくらい」って具合には検討がつくし、文字数はあとで調整すればいいし。まぁいいかな、ということで重宝している。

子供がシミを見つけてお化けがいると怖がることがよくあるけど、なにかがすぐに顔に見えるのは幼い証拠だという。それならこれはいかが。イルカ。
去年はいてたデニムがゆるくなってることに気づいた。うれしい。1〜2サイズのダウンに成功したっぽいのだけど、誰もそれと気づかない元の大きさの悲しさよ。肝心なのは器じゃなくて中身だよとか思うのだが、中身だってどうなんだろうね。劣化ウラン弾みたいになってたらどうしようか。
『倫理学の地図』読んでる途中。電車が混んでて続きがなかなか読めない。
Blog |
No Comments »