少し長いメモ書き。

『思想地図β vol.2』を読んだ。特集は「震災以後」。読み進めるうちに、心にくすぶっていたものの正体というか、忘れていた思考の輪郭が見えてきた。
わたしはこの半年というもの、一見するとポジティブな掛け声を聞いても心のどこかで「この地震で、バラバラな社会が顕在化したんだな」…とボンヤリ思っていたようだ。
前回のvol.1と同じく、いやそれ以上に、しばらく思想系の本から距離を置いていた人にもおすすめしたい。というのは、自分がそうだったから、という単純な理由にほかならないのだけど…。
巻頭言「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」から始まり、どこを切り取っても「この人じゃなきゃ書けない」という記事ばかりだった。
そんなわけでちょっと前に読み終えていたのだが、書きおこす言葉が見つからなかった。しかし先ほど、本棚で2009年の『ユリイカ 2月号』(特集は日本語は亡びるのか?)に和合さんの評論を見つけた。そこで「震災以後」という言葉の持つ響きの強烈さに打ちのめされた。
『思想地図β vol.2』掲載の和合亮一さんの「詩の磔 10」は、ジャンルを越えた圧倒的な存在感を放っている。詩の「強度」はとてつもないものを感じる。それだけに、たった2年足らず前の評論があまりにも「震災前」の空気なのが妙に哀しい。日常はどこへ? いや、これが今の日常だ。
それでも願わずにはいられない。パンドラの箱には最後、希望だけ残るのだとしたら、ヒロイズムではない、もっと小さなもの同士が集うことで生まれる強さが生むのではなかろうか。
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それから、災害は東日本大震災だけではない。
「復興計画β:雲の都市」では集団移住の過去例として註に「十津川村(奈良県)→新十津川(北海道)」が挙げられている。そしてどうやら、こここそが台風12号の爪痕が未だ残る十津川村(1週間余り経つが、まだライフラインが復旧していない場所も……)なのだ。
歴史好きとしては感覚的に「最近の日本って地震とか噴火とか天変地異が少なくて(そりゃあるけど)、だからうまく行ってるんだろうなー」ぐらいな気持ちでいたけれど、どうやらその通りになりそうだ。