コンピュータ制御された路線図とはいえ、やはり無数に走る地下鉄のどこかには、あちらの世界へ通じるドアがひとつくらいはあるに違いない。
副都心線のキラキラ具合になれると、丸の内や銀座線といった古参組の薄暗さがとても目につく。やばい胞子とか飛んでそうだよね。
『倫理学の地図』読み終えた。大学の教科書として使えるように、とあるけど、まさに。「さわり」を、読みやすい印象で書いているので久しくアカデミック(!)なものを読んでなかった自分でもついていけた。ときどき脱線しますが、授業みたいです。新書より濃い入門書という感じ。カントとかニーチェとかベルクソンって、なんか懐かしい名前。でも現代の問題と切り離せられない。
webはやはり、「開いた社会」を作っていくだろうと思う。でも現実には、決してアクセスしようとしない人がいる。囲い込むことで「閉じた社会」を作る。「閉じた社会」にコミットしようとする。それは悪なのか? うーん。
各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする。
「公認野球規則2009」
なのだそうだ。
「人生はゲーム」「人生はパズル」etc。いろいろ言われるけど、編者はあとがきで、その「ゲーム」とはどんなものなのか問いを発している。「勝つことを目的」と明文化している規則がほかのスポーツにもあるのか(ありそうな気がするけど)、編者と同じく分からない。
ゲームで喩えるなら。人生はドミノのようなものだと思う。ピタゴラスイッチというか。パタっと動きが止まって、永久に動かないなら死んでしまったということだし、実は地下活動をしていて、あるとき別の仕掛けが発動することもあるだろうとか。その意味で、特別な日なんてない。
ちょっと調べたら「公認野球規則」というのは世界で決められているわけではないらしく、各国独自のルールブックを持っているらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/公認野球規則
http://ja.wikipedia.org/wiki/サッカー競技規則
アメリカが改定したら日本がならうこともあるし、その逆もあるという話。世界的に取り決めをしているサッカーの競技規則とは成り立ちが違うのね(野球もサッカーも、たまに見る程度ですが)。












