家庭のことを書く段になると、どうにも困る。
たぶんどこの家庭のなかも、それぞれ色々なことがあるのだろう。それを昨日のわたしのようにいちいち書いていたら、世の中に「家庭事情暴露ブログ」がたくさん跋扈しているはず。そんなことを吐露しても仕方ないから、多くの人はひっそりと胸のうちにしまっておくのだろう。だからこそ、問題がなにひとつ解決していないのに「親子だから」「家族だから」という曖昧模糊とした台詞にうなずいてみせるにちがいない。その台詞は、真に生じる感情なのだろうか? それとも、それこそが理想の家族だと思ってうなずいて感動してみせるのだろうか?
好きな人や恋人、片想い、恋煩い……かたわれは常に自分ではあるけれども、ほとんど別の人との関係。たぶん、まだ生きていく限りその数は増えるだろう。でも、家族はひとつしか経験できない。いや、何度も家庭を持つとか、たくさん養子に出るとか、疑似家族を経験する場合もあるけど、いわゆる家族はひとつだけ。せめて、そのなかでどうやって関わっていくのか、たくさん実験ができればいいのにな。そういう実験の積み重ねって、振り返れば人生の転機になったりするのかも。
などと書きながら、「てんき」の変換で「☀(新JIS<晴れマーク>)」とか「☁(新JIS<曇りマーク>)」やら「☂(新JIS<雨>)」「☃(新JIS<雪>)」が出てきて、妙にテンションが上がっている。
そろそろまとめないといけないし、なれない仕切りをやらなきゃいけないらしいし、けっこうパンパンです。ぱつんぱつん。











