人の死に直面すると、自分が生きていることをまざまざと思い知らされる。それは何年経っても変わらず、19のときに友人のお通夜で感じたことが体から離れない。わたしはかなり身勝手だ。
明日も仕事だというのに、SORROWを聴いてしまった。やっぱりミュージシャン・川村カオリの声は美しい。音だけは地上に残る。
遠くから見る、ついに憧れで終わってしまった人の訃報なので、こんなことを思うのだろう。どうしてもそれ以外の感覚が働かず。ニュースキャスターにはなれないようだ。
ROYAL PUSSYがピッタリの体型だったときは、ヘビーローテーションだった。ただし、黒いロングベストは今でも着れて、すっかり体に馴染んでいる。「これからも大事にしよ」だなんて、あんまり意味のなさそうなことをぼんやり考えているのは、無意識に話をそらしているのかも。
ここのところ、こういう「しらせ」が多い。遠い存在に感じていても呆然とするのだから、本人やそばにいる人の想いと言ったら、察するにあまりある。……ぐるぐる回って、もしこの先自分がそうなったら? と想像しないでもないけれど、それはまた別の話。
わたしはまだ、どうにか生きている。せめて、為すべきことは果たさなければ。











