「不採用になったからといって、その人がダメすぎるとは限らない。持っている資質と求められているものが違っていただけ」
こんなふうになぐさめれた人は多いと思う。
学生のとき、何十件の単位で就職活動で不採用が続くと、自分の人生や人間性を全否定されたような悲しい気分になっていた人はわたしだけではないはず。学生と話をしていて、そういう声もチラホラ聞こえたからだ。これはバイトも、営業や売り込みでも同じだった。
それでも人は「そんな大袈裟な」とあしらってしまう。
何のためらいのもなくそういうことを言える人は忘れてしまったのだ。試されるばかりで、自分で誰かを試したことのない頃の記憶を。
面接、モデルのオーディションに参加した。モデル志望なのではない。仕事の媒体に協力していただけるモデルさんを選ぶということ。
国内外のイケメン・キレイどころが集まった。みなさんチャーミングだし、クールで綺麗な人ばかり。しかし、その媒体に向いている人とそうでない人という基準がある。だからこそオーディションをするわけです。
なので、うっとりするほど美人だとしてもお断りするケースも多々あります。
ある外国の女性モデルさんにお断りを入れると、その瞬間、美しい顔で口唇を噛んだ。それはとても官能的な仕草で(…だからこそ不採用だったんだけど)、絵になった。でも彼女は素直にがっかりしただけなんだと思う。
「あれ?」
最初の違和感を感じた。
それからしばらくすると、わたしが数年前に「この表紙! モデルがかわいすぎる!」と、一目惚れ状態で買った表紙を飾っていた女性モデルさんも登場。数回しか来日してないのに、なんて運命的な……と驚きましたが、なにより「この人、この媒体向きじゃないな…」と冷静に判断している自分がいた。
「ん!」
その辺りで気づいたのですが。
「不採用になったからといって、その人がダメすぎるとは限らない。持っている資質と求められているものが違っていただけ」
この言葉は真だった。こういうことをあの人たちは言いたかったのか、と。今思えばとてもありがたい言葉だと、初めて腑に落ちた。
今まさに、人からそんなことを言われて「あんたには何も分からない」と思っている人がいるだろう。でもそのなぐさめは、たぶん嘘じゃない。わたしがここで「だから信じて」などと言って済むのなら、そんなこと思わないかもしれないけど。
(「生きてればいいことあったよ! だから自殺はしないほうがいい」と言うのと同じくらい説得力がない……というのは分かってます)
もがいていても、それは無駄じゃないはず。悪あがきではない。まずは自分に言い聞かせてみようかと。











