Archive for ‘Works’

2010 年 5 月 4 日

Bedtime stories “re:makura” #002

【ころは】

「春夏秋冬、どれが好きですか?」
「何月がいちばん好き?」
よくありがちな質問。その人の本質に迫ろうとするのか、お茶を濁したいだけなのか……。4通りあるいは12通りの答えから選ぶとき、答える人もその答えを待つ人も、何か意味を探ろうとしている。

いつか聴いた童謡のように、季節の営みを思い描けばそれぞれ愛おしいもの。本当のところは、いつだって構わない。他愛もない会話を楽しむだけ。

それなのに、なぜか意味ありげに答えてしまうことがある。あれは無意識の打算なのだろうか?

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2010 年 4 月 11 日

Bedtime stories “re:makura” #000

【Bedtime stories “re:makura”について】

『枕草子』に親しみを覚えるのは、多少の軽はずみであると分かっているつもりです。けれどもやはり、あの文章の断片は一人のもの、ひとつの時代のものではないと思う。誰かが眠りにつこうとするときに思い描くこと似ているはず。

『枕草子絵詞(まくらのそうしえことば)』という絵巻がのこされていて、それは『枕草子』が書かれた時代よりもずいぶん下った頃に描かれたもの(現存するのは断片のみ)。日記の印象的な部分だけを集めたのですが、それは誰にとって、どんな風に印象的だったのだろうか、と気になるところ。「誰が」については、書(文章)は男性・絵は女性の手によるものだということははっきりしているそうですが、それから先は諸説あり。

それを解くわけでもないけれど、無性に『枕草子』という題材で絵日記のようなことをしてみたくなりました。これから不定期で載せていきます。

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2010 年 4 月 11 日

Bedtime stories “re:makura” #001

【春はあけぼの】

春の夜明け。

窓に顔をつけて空が明るくなっていく様子を見ていると、それだけで生きていることを感じる。影絵のような街路樹や車やビルの影に、だんだんと輪郭が見えてくるのが何とも言えない。サーモンピンクとパープルのシフォンがかかったような空から、光がさしこんでくる。生命が出づる瞬間を目にすることができたら、きっと同じような空気が流れているはずだ。

夏の夜は、なぜか毎日夢を見ている気がする。

熱帯夜にからだが火照った日、帰り道にふと見上げた月が妙に官能的なのを知ったあの夏とか。花火の煙のにおいや、身体を揺さぶる鼓動を知らなかったあの日、わたしはまだ夏の夜を知らなかった。夜景は冬に見るのがいちばんだというけれど、ネオンやテールランプが揺れる街を眺めてただ楽しいのは、真夏の夜。冬はいまひとつ、感傷的すぎる。

秋の夕暮れ。

ほかの季節に秋を思うと、なぜか連想している。ほかの頃と同じく、朝も夜も昼もやってくるのに。それでも、夕日が西の向こうに暮れていく色は、秋そのもの。腹ごしらえにゼリーを買ったコンビニを出ると、鳥がねぐらに帰るのに出くわした。こんな光景を見ると、ありもしない故郷を思い出す。特に田舎暮らしをしたことはないのだけれど。

冬になれば、雪が降りてくる朝を待つ。

1年にあるかないかの瞬間は、待ち遠しくて仕方がない。ベッドから抜け出してカーテンをそっと開けてみる。しばらくの目眩とともに訪れる白銀の世界。これが土曜日の朝だったらいいのに。残り物のスープを温めたり、そうでければ、雪のように白いホットミルクを作ってみる。でもそれが月曜の朝だったり、午前中に打ち合わせがあるとか、そんな日だと空がうらめしくなる。しかも、昼も過ぎて灰色に染まっていくシャーベット状の雪は目にするだけで哀しい。

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