Archive for ‘Review’

2011 年 11 月 21 日

PS最終号のこと

小学館の女性向けカジュアルファッション誌「PS」が最終号を迎えた。

雑誌休刊のニュースには慣れてきたものの、来月からマガジンスタンドで「PS」の2文字が見れないと思うと、好きなバンドが解散してしまうような気分になる。もちろん悲しいのだけど、ある時代の終わりと始まりに立ち会った感慨が押し寄せる、あの感じだ。

前身の雑誌「プチセブン」黄金期はわたしの中学生時代と重なる。思えば、初めて明治通りに行ったのは、「プチセブン」に載ってたお買い物マップだった。そこでトラコン(TRANS CONTINENTS…*1)のリュックを買い…あれは10年ぐらい使っていたな。しかし女子高生になったら自然と「プチセブン」を読まなくなり、同じように「プチセブン」を囲んでいた同級生がギャルだとかガーリーだとかコンサバだとか……いろんな方向に分化したのだった。

物心ついたらバブルは弾けとび、そこかしこに名残がありそれが一部のコギャル文化につながり、授業はゆとり前哨戦で詰め込まれもせず生活科も受けてない、デジタルネイティヴにもなり損ねた微妙な立ち位置。そんな人々が「大人」になる必要に迫られる時期の休刊。

カジュアル誌は年代を越えられないのだろうか? と思いながらページをめくってみた。

…*1:セレクトショップで人気を博したブランドです。2004年に業績悪化を理由に東急グループから他会社に譲渡されて以降は迷走し、ブランドも休止。2009年にポイントが再スタートさせたものの、1年足らずで休止になりました。大好きな洋服だったので復活は楽しみでしたが、ブランド文化は名前だけでは成り立たないのだなーとつくづく思った出来事です。

参考:「TRANS CONTINENTS(トランスコンチネンツ)」再びブランド休止 – ファッションニュース – 2010年04月05日 – Fashionsnap.com

■ライフスタイルと組版
電子書籍になるときに問題になる「縦組み」が、むしろ紙媒体の限界を作っているのかもしれない。

・P92「中島美嘉のファッションSketchbook」
縦組みの記事内に編集部からのコメント『(プライベートのお休みにまでお邪魔してゴメンね(–;))』という部分。最後の(–;)を顔文字に見せるために全角一文字分に(おそらく外字を使って)入れている。仕方のないことだけど、一文字に凝縮されることによって顔文字のバランスが崩れ、結果的にニュアンスが伝わりづらい状況のように見える。このような顔文字の使い方は珍しくないのだけれど、最終号だと思うと、どうしても表面張力のような努力を感じてしまった。

日本語における縦組み・縦書きの可読性や柔軟性は高いレベルにある(少なくとも2011年現在は)。「すべて横組みに!」と言うつもりは毛頭ないが、やはり日常生活で縦書きを使う機会はどんどん減っている。そんな状況でストリート発の情報を発信する際、従来の組版ルールが「帯に短し、たすきに長し」になる場面は増えていくのだろうなと思う。これまで以上に。

■PS的クロニクルは時代を語る
・P99「’00年代 ガーリーカジュアルのまとめ!!」
90年代後半から2011年までの「ガーリー」カジュアルをクロニクルにまとめたもの。当時を振り返る人と、初めて触れる人とでは、温度差が生まれる企画だろう。もうすぐ30のわたしにとっては、「あるある」と頷くことばかりだ。

スタイリスト林田さんのコメントが気になる。垣根がなくなった最近のトレンドを「自然体で良い」と言う。それは正しいけれど、そこに雑誌の休刊理由のひとつがあるのだろう。

おそらく、わざわざ「この雑誌を」開く意味がない。どの雑誌を開いても同じ(ような)服、トピックスが載る。「カジュアル」×「カルチャー」という枠の中で増殖した多様性を受け止めるだけの媒体数が確保できず(おそらく編集部→雑誌というスタイルではカバーできない)、その結果が総花的で均質な変化をもたらしたように思う。

俗に言う「ギャル」とか「まだまだギャルでいたい」読者層がの支持を集める雑誌は、読み手から価値をはっきりと認められている気がする。PS読者がMURUの服を買うことはあっても、おそらくその逆は推奨されていない。

こうして見ていくと、山手線に揺られながら目にとまるKAMO原宿店って、不動の構えを見せているなーと感服する。

■発信側と受信側のつながりに違和感
最終号のスナップ特集では、女優、アーティスト、モデルから街行く人まで取材。小さなブームに沿って、いろんな着こなしがピックアップされている。この特集内での、かすかな違和感のメモが以下。ただし、わたし自身がすでにメインターゲットではないので、トンチンカンなことを言っていたら申し訳ない。

・P36「Boom Catch! 5 <渋めのカラーいろいろにメロメロ♡(ハート)レトロカラリズム♪> —また繰り返す♪ カラートレンド♪」
Perfume登場。「出没!Perfume」で1年半ほど連載を組まれているにもかかわらず、「ポリリズム」を感じさせる記事展開に気まずさを感じた。ただ、これはもう「鉄板」ネタということか。今年辺りのレトロカラーは特に「渋いけどポップな色づかい」がキーだから、新曲「スパイス」で展開しても大丈夫だと思うのだけど。

・P38「Boom Catch! 6 <チェッカーズを要check!>—わかってくれとは言わないが〜チェック柄が好きなのさ♪」
要するに「チェックは今年もブームです」という内容。Ciaopanicの男性プレスを『アパレル界の藤井フミヤ』と紹介していたのだが、わたしは「チェッカーズがチェックの服を着て、ツンツンの髪型をしていた伝説」とつながるまでにタイムラグがあった。20代前半…むしろ10代の若者はついてこれるのだろうか? と違和感をおぼえた。しかし、これはわたしのリサーチ不足かもしれず、むしろ若者にとっては親世代だから知ってるのかもしれない。

*番外編*
■「思えば、あの頃私は若かった」
いちいちうなずくことが多い。しかし、みんなきっと、あと10年後も今を思い出してそんなことを言うのだろう。わたしはむしろ、まだ同じことをしているようです(特に「お金編」)。まだまだ大人の女性には程遠いと身にしみています。

2011 年 9 月 14 日

【読みました】『おかっぱちゃんの好きになる人 難あり男子』

イラストレーターBoojilさんのコミックエッセイ『おかっぱちゃんの好きになる人 難あり男子』(2011 集英社)が素敵でした。お友達の妹君ということで手に取ったのだけど、それ抜きで面白いです。共感するところがいっぱい。

天然生活を誰よりも愛する、優しい心の持ち主(難あり男子)「さんた」との恋は事件続き。そんな日々が綴られております。

オビの推薦文より部分引用。
「趣味がホラ貝、火起こし生活、流木のプレゼント…」
どうですか、これ。

お付き合いに至った様々な「難あり男子」と呼びつつも、こきおろすのではない姿勢に和む。だって好きなんだもんね、という一点がぶれてない。ワイルドなハッピーな世界で巻き起こるトンデモ事件の数々が笑えるし、小さな感動もあり。

で、少し思ったのですが…もしも気になる男子がいた場合。その彼に貸してみて、その感想が
「こういう人ってロマンがあっていいですよね。憧れるなー」
とかだったら怖い。でもありえそう。リトマス試験紙か。しかし、そこで未来に暗雲がたちこめたところで、もしもその人が気になるのなら仕方ありませんが。

女子の共感度が高いのはもちろんだと思う。多かれ少なかれ、自分じゃないにしてもそういう話は周りから聞くケースはあると思うので。いやしかし、なんと言っても世の男子はどんな感想を持つのか気になる本。

共感する! というところを強調してきたけど、
「あなたの場合は自分が難あり女子じゃないのか」
と問いつめられそうだなぁ。……たしかに、そんな気もしてきた。

2011 年 9 月 13 日

【読みました】『思想地図β vol.2』

少し長いメモ書き。

『思想地図β vol.2』を読んだ。特集は「震災以後」。読み進めるうちに、心にくすぶっていたものの正体というか、忘れていた思考の輪郭が見えてきた。

わたしはこの半年というもの、一見するとポジティブな掛け声を聞いても心のどこかで「この地震で、バラバラな社会が顕在化したんだな」…とボンヤリ思っていたようだ。

前回のvol.1と同じく、いやそれ以上に、しばらく思想系の本から距離を置いていた人にもおすすめしたい。というのは、自分がそうだったから、という単純な理由にほかならないのだけど…。

巻頭言「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」から始まり、どこを切り取っても「この人じゃなきゃ書けない」という記事ばかりだった。

そんなわけでちょっと前に読み終えていたのだが、書きおこす言葉が見つからなかった。しかし先ほど、本棚で2009年の『ユリイカ 2月号』(特集は日本語は亡びるのか?)に和合さんの評論を見つけた。そこで「震災以後」という言葉の持つ響きの強烈さに打ちのめされた。

『思想地図β vol.2』掲載の和合亮一さんの「詩の磔 10」は、ジャンルを越えた圧倒的な存在感を放っている。詩の「強度」はとてつもないものを感じる。それだけに、たった2年足らず前の評論があまりにも「震災前」の空気なのが妙に哀しい。日常はどこへ? いや、これが今の日常だ。

それでも願わずにはいられない。パンドラの箱には最後、希望だけ残るのだとしたら、ヒロイズムではない、もっと小さなもの同士が集うことで生まれる強さが生むのではなかろうか。

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それから、災害は東日本大震災だけではない。

「復興計画β:雲の都市」では集団移住の過去例として註に「十津川村(奈良県)→新十津川(北海道)」が挙げられている。そしてどうやら、こここそが台風12号の爪痕が未だ残る十津川村(1週間余り経つが、まだライフラインが復旧していない場所も……)なのだ。

歴史好きとしては感覚的に「最近の日本って地震とか噴火とか天変地異が少なくて(そりゃあるけど)、だからうまく行ってるんだろうなー」ぐらいな気持ちでいたけれど、どうやらその通りになりそうだ。