Archive for ‘Blog’

2011 年 6 月 10 日

『白の祝宴』物語の歴史について

読みました。

『白の祝宴 逸文紫式部日記』森谷明子/著 創元社 2011

中宮・彰子の時代を舞台にした推理小説。世に紫式部と呼ばれる「香子」をホームズ、その侍女「阿手木」をワトソンに見立てたシリーズ2作目(第1作は未読です)。

創元社から出ているのだけれども、推理小説としてではなく「王朝時代の貴族の日常を覗いている」気分で読んだ方が楽しい。心のひだを丁寧にすくいあげたり、細やかな生活感への目線があったり、そうした生き生きとした人物の描写がキモなので、かつて「え、古文なんて嫌い」と思っていた人も、韓流の時代劇とか、ここ数年の大河ドラマが好きな人なら楽しめそうだ。犯人探しやトリック、スリル、道理やルールといった要素はおまけのような気さえする。むしろ、トリックだけでは難があるように思う。

著者の言う通り、時代背景だとか知識はさほど頭になくてもひとまずは困らない。それでも、王朝文学的な香りが苦手な場合は、読み進めると苦痛になるのでは。なにも堅苦しいことではなく、漫画『あさきゆめみし』と映画『千年の恋 ひかる源氏物語』を押さえられる人なら問題なさそうだ。

自分の好きな歴史上の女房が素敵に描かれていた……等々、そのテの話が好きならどんどん妄想が膨らむところですが、それも物語の核にあると思う。ここではない何かに懸想してしまうことの凄みについて。あるいは、その原動力が「物語」あるいは「日記」と呼ばれた「文学であった」と語られているようだ。

実は、導入に使われているのは紫式部が生きた時代ではなくて、それからずっと後の時代。応仁の乱続く京都で、貴族の末裔である一人の少女が、やっとの思いで手に入れた紫式部が記したとされる日記を写本しているという設定。自分の先祖が載っている日記を、必死の思いで書き写すとか。そもそもその、日記に秘められた女たちの思いであるとか。それらは全てフィクションではあるけど、現在「古典文学」と伝えられているものがほとんど辿ってきたに違いない道のりであることに違いはない。

こんな壮大なテーマを持ち出したくなるのは、やはりそこに歴史が潜んでいるからでしょうか?

最後に……阿手木の夫・義清にときめいたのは私だけじゃないはず。胸キュンものですよ。

2011 年 4 月 26 日

エレクトリッキー

電子書籍ブームの声が一旦やむのかもしれないが、これまでとは違う形で電力を使うことになるのかもしれない。

……と一行だけ下書きしてほぼ一ヶ月、この投稿を放置してました。もはやどういうことを書こうとしていたのか分からない。

「それらしい」言葉でいえば失語状態。Twitterがにわかに「インフラ」として注目されて以降、わたしとTLの距離がやや遠くなってしまった。変だけど、なんかそんな感じ。この雰囲気は、9.11に似ている。あれからすぐ後、ほかならぬ日本で熱狂的な政治が酒池肉林の様相を見せたのがとても怖かった。カリスマ性があるか否か、人間味があるかないか……。そこはどうでもいいと思うんだけどな。

家では、「外で話してはいけないこと」として「野球・政治・宗教」の三項目について教えられてきたけど、これからは話さなければならないのかもしれない。漠然と。

もともと、原子力発電について色々思うことはあった。それでなんとなく距離を置いてしまった人間関係もあったように思う。だけどわたしはのうのうとエレクトリックな恩恵にあずかっていたわけで、何もこの事態への打開策は持っていない。今後おそらく死ぬ瞬間まで、この原罪のような感覚が消えることはないだろう。

都知事選には現実を見せつけられた。声が大きければよかったのか?啓蒙ってなんだか違うよな… 。そもそも、ただ盛大なシュプレヒコールをあげただけでは彼らと何も変わらない。やっぱり民主主義だしね。

2011 年 3 月 21 日

【東日本大震災と日常の記録@東京】その4

2011年3月11日金曜日に発生した、東日本大震災と日常の記録@東京・四日目。

3/14(月曜日)
あっというまに週明け。

昨晩まで西武新宿線は鷺ノ宮より西は運休と言っていたのに、朝になったら動いていた。びっくり。

計画停電が計画通りにいかないのは仕方のないことだと思う。むしろ停電てふつうは予告されないものだろう。

朝の電車はおそらく空調も切っていて「戦争中の車両」の様相。乗ったことないけど、闇市に買い出しにいくギュウギュウ詰めの車両ってあんな感じだったんじゃないか。

会社は早退。この週は、都営新宿線沿い在住の親戚宅から通うことにした。

帰宅して、すぐに移動。そこで気づいたこと。
JRは構内の電気は消灯している部分もあるが、車内は通常モード。駅テナントも基本的に開いている。対して西武新宿線は車内の空調を切っていて、ちょっと蒸し暑い。ペペなどテナントは休業。すべて各駅で夕方からは途中までしか運行しなかったけど、特別ダイヤを組んでその通りに動いているようだった。

夕方、親戚宅へ。

で、この週はなんとなくお客さんモードで。5日間、どうにかこうにかやり過ごした感じです。

2011 年 3 月 21 日

【東日本大震災と日常の記録@東京】その3

2011年3月11日金曜日に発生した、東日本大震災と日常の記録@東京・三日目。

3/13(日曜日)
「そういえば、植物の肥料がなくなってた」
と気づいて近くのスーパーへ。

そこで見たのがカラの商品棚。

完全に出遅れたのか、ムダなもの買わずに済んだのか、果たしてどっちだ?

スーパーの店員がささやく。
「放射能があれじゃないですか。奥さん、海藻が入ってるもの買った方がいいですよ。店の方にも、発注用のメールが回ってきてるんですよ」
わたしは奥さんでもないし、会社のヒミツ情報を知りたくもなかったけど。こういうのってどーなんだろう。まさかイソジンも大量に入荷するのだろうか。

わたしの家は計画停電の第一グループに。

2011 年 3 月 21 日

【東日本大震災と日常の記録@東京】その2

2011年3月11日金曜日に発生した、東日本大震災と日常の記録@東京・二日目。

3/12(土曜日)晴れ
一夜明けて、いつも出勤してくるぐらいの時間に帰路へ。ビルを出たところで、部署の違う女子と一緒になった。いや、女性と呼ぶべきかも。わたしは彼女のことを、勝手にマドンナ的存在だと思っている。きれいな人は、朝帰りも関係なくきれいなままなのだった。

山手線は内回りだけ動いていたので、東京まで出て中央線で新宿に。山手線がすし詰めだったことは言うまでもなく、東京駅に着いた時、ホームに人があふれていて降りるのが大変だった。そのまま西武新宿から各駅に揺られて帰宅。昨日のことを思えば、電車はほとんど通常どおり動いていたと思う。

最寄り駅に着いたら病院に行って、待望のクスリをゲット。新薬で2週間分しか出してもらえないのが痛いところだなーと思いつつ帰宅。そこでわたしはほとんど初めて衝撃的なニュース映像を見た。昨晩のTLで深刻さは感じていたつもりだったが、すでにバッテリーが5%をまわっていたので、必要最低限のメールしかしていなかった。

地震と津波、火事、その他色々な映像に飲み込まれそうだった。

阪神大震災のことが頭にうかぶ。

と思ったら原発に緊急事態が。やっぱり……。

Page 7 of 77« First...56789...203040...Last »