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2009 年 5 月 23 日

昔は推理小説が好きだった

小学生の頃、推理小説が好きだった。今でも、アガサ=クリスティは素晴らしいと思う。でもいつからか、あんまりこのジャンルに興味がなくなってしまった。

ニュースを見て、今日もうんざりしている。わたしはすごい善人じゃないし、取り返しのつかないことはしてきている。だからと言って、前科者でもない。中途半端にふらふらと歩きながら、あちら側に行ってしまう道は、たくさん見てきた。時には、踏み外したこともある。他人のことは何も言えません。

学校出てまともな職に就けなかった人が、必ず人を刺すわけでもない。虐げられたことがある人は必ずトラウマがあったり、キレやすくて事件を起こすということでもない。最も、そういうことがあった時点で、ちょっと変わった人生なんだろうけど。

今日は仕事の合間に、わたしより数ヶ月前から来ている派遣のデザイナーさんと話をした。やっぱり服装について未だに戸惑っているそうだ。季節柄、クールビズについて受けた説明をしたら、
「えー、素足だめなんですか?」
と、知らなかった様子。

まぁまぁ、服については仕事をバリバリこなすことでチャラにしていく予定を立てた。TPOをわきまえるぐらいの分別は、一応できているんじゃないかと見越してのこと。

それにしても、Macとモニタや大型複合機がところせましと鎮座している事務所。すでに、ものすごく暑い。しかも、午後7時を過ぎると自動的にビルの空調が止まってしまうらしい。夏はどうなるんだ? そのうち、酸素うすくなって死んじゃうんだから……! そして誰もいなくなった。ジャジャーン。

2009 年 5 月 22 日

ドレスコードを解け!

昨日は新しい仕事場で「服装規定」やら「コンプライアンス」だとかの研修があってゲッソリしていた。しかし今日、オフィス街に出てビジネスパーソンの荒波に飲まれ衝撃を受けた。
「これに合わせた格好をするなんて、そんな無茶な!」

派遣の身分に襲いかかるドレスコードは、学校以上に厳しい。「職業選択の自由〜あはははん♪」とは言え、お金が絡んでるから学校より始末が悪い。

そして、社会人としての良識が備わっていないことが判明。いや、再確認ですね。自分に反社会的なところがあるとは重々承知してます。

何がダメかというと。
「この服装はOK」
と、
「これはNG」
の違いが、正直言って分からない。

10代のころ、同じ勉強するなら学校よりも塾の方が好きだった理由は、服装が自由だったからじゃないだろうか。自分の体に合ったスタイルのほうが、最大のパフォーマンスを披露できる気がする。公私にわたって。

総務の方から、
「うちは別に厳しくないですよ、普通に考えれば大丈夫です」
と言われると、その言葉がつらくなる。

普通に考えられてないってことか。 >自分

制作部門は、そこまで言われないようなので(男性のカラーシャツもいる)ホッとしているけど。

考えても仕方ないので、嫌にならない程度に妥協策で頑張ってみようと思う。これも逆に楽しげかもよ? 自由がないわけじゃない。要するに仕事すればいいんだよ……と、気合いを入れたつもりが、早速タイムカード押すの忘れてる。おいおい。

2009 年 5 月 21 日

望みと悩み

彼女は気づいた。望みすぎるから悩むことが多いのだ。

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校正と進行管理の仕事で、PhotoshopとIlluslatorをひたすらいじくっている。そして紙をペラペラ……3日にして、すでに目がショボショボしてるのだけど、大丈夫ですか? >自分

そんなわけでセルフマッサージをしてみる。けっこう気持ちいい。

ちょっと悩んだことを整理していくと、けっこう単純な結果が待っていたりする。

2009 年 5 月 20 日

核の平和利用ってしないとダメなの?

軍事技術がもとになったものは数多いけど、核の平和利用についてはまだまだ。最初の始まりから60年以上も経っているのにけっきょく根付いてないのはどうしてか? ほんとは便利だと思ってないか、ほんとは平和利用したくないと思ってるか、そのどっちかでは。

作り出したものは悪用されないように平和利用しなければならないとか。世界の平和を維持するためには必要なのだとか。色々と言われるけど、その実、みんな手に余ってるだけだったりしてね。

「スーパーマン」の世界に浸っていると(レヴューのために観てみたら、案外ふつうにはあまってしまいました)、核融合がおとぎ話のように思える。

現実は、プルサーマル計画は果たしてどうなるのかとか。色々あるわけで。

これを戦争で使ったのがヒロシマとナガサキ。片仮名にすることは本当に良いのだろうか? なんだか、かえって悪い気がする。そして日本はもはや、唯一の被曝国ではない。

これはYouTubeで見つけた動画。

YouTube – 原爆被災記録映画(熱線の影響)

淡々と事実を読み上げていく記録映画の一部。効果的な音声や、悲劇を誘う音楽も流れない。落下地点を調べるために数字とコンパスを使って、黙々と成果を挙げていく様子に言葉を失う。意外と、何にもないほうが凄かったりする典型例か。

なにかというと出てくるのが「爆心地からの同心円」の図。これをはじきだした原点は、そもそも人の手による測量だったようだ。「爆心地となった原爆ドーム」とか「5km圏内」だとか、安易に使い過ぎてしまっていたのかもしれない。

折しも、二次被爆に関しての判決が出た。この年月を経て、被爆認定を却下される人が絶えない現実。

コメント解放してない理由は推測がつくけど、ちょっと惜しい。

近頃、理系を中心に「原子力」という言葉が積極的に使われはじめているそうだ。チェルノブイリの事故や東海村の臨界事故から時間が過ぎ、アレルギー反応が少なくなったからだとか。エコの観点から見直されているとか。

明らかにエコじゃないだろう。「半減するばかりで永久に汚染物質が貯まるばかり」の物質を利用するのが自然と人間の共生する道だというのか。

そりゃもちろん、電気がなければ何もできないような生活を送っているのは認める。だけどそれにもまして、美味しいごはんときれいな水、空気、緑がなければ生きていけない。地球がダメなら宇宙コロニーに行けばいい……というようなことが現実に起こるのだろうか? でもそんな根性では、どのコロニーも食いつぶしてしまうにちがいない。

……等々、いろいろと考えては消えていく。所詮この程度しか心が働かないのだ。田口ランディの「被爆のマリア」で感じる肌寒さは、自分自身に対して起こる感情なのかもしれない。

2009 年 5 月 19 日

メトロは東へ西へ

いつもと違う電車に乗ると、人の群れが変わる。やっぱり電車の「カラー」というのはあるんだと思う。

久しぶりに千代田区でお仕事をすることになった。やんごとなき人々が住んでる近所なわけです。東京の中心を通るメトロに乗っていると、「絵に描いたようなビジネスパーソン」に多く出会う。ビジネススーツの人だらけ。で、たぶん「たまたま」なんだけど、FPの資格テキストを読んでいる人を何人か見た。

そんな電車にゆられながらの新しい仕事場は、やはりOS9。印刷関連は現役で使っているっていうのは本当だった。でもOSXだと開くファイルがあったりするので面倒くさい。Macで仕事ができるのは楽しいのですが、「だったら変えちゃえばいいのに」と思う。WinとMacの間で互換性が高いほうが楽なのにな。残業だってしなくて済むんじゃないかな。印刷とか出版の界隈では、こういう話が多いな…「無用の長物」的な遺産が引継がれすぎ。

でも、人のことは置いといて……とりあえずは自分でどこまでできるのかやってみるのが大事なんだと思う。要するにやることはやらないとダメです、ということか。

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