Archive for ‘Blog’

2012 年 1 月 17 日

カレンダーと相性

先週のカレンダー展、結局行くことができず残念だった。行ける予定だったんだけど色々と…。

ただ、生活のなかで使うものは、展覧会で飾るのではなくて実際に使ってみることが大切なんだろうな、と改めて思う。自分や部屋との相性が大切になってくるからだ。

年末年始。競合プレゼンをモノにしたカレンダーを持ち帰った。ちょっとだけ誇らしげに…。しかしながら、自宅ではあまり人気がない様子。家庭向けの実用壁掛けだが、我が家にはすでに同じ機能の素敵なカレンダーが用意されていたのだった。そのカレンダーに文句はないが、我が子同然のカレンダーが干されているのがかわいそうなので自分の部屋に引き取ることに。

しかし、さっそく処遇に困っています。

「部屋に合わない…」
ターゲット層に外れた自分の趣味と違っているのか居心地が悪い。そうした個人的な理由もさることながら、カレンダーそのものの改善点が目についてくる。フォント処理とか、ネタの散らし具合とか。

ところで、このカレンダーはアイデア勝負のところがあって、コピーの部分は自分が書いている。ただ、99%の人が素敵な絵柄とデザインに心を動かされているようだ。メガネもコンタクトもしてないと、書いた本人も何が載っているのか分からない。ということは、さして重要ではないんだろーな。残念ながら。

作っているときは「相性バツグンだよな」と思っているので。まさかこんな疎まれる存在になるとは、残念すぎる。

次からはもっと「使ってる」ところを頭に描いて進めようと思う。

2012 年 1 月 11 日

集団のなかでちょっとした行き違いとかいざこざがあったとき「スルーするか戦うかの二択だよなー」と思い込みがちだ。それは「冷たい戦争」「熱い戦争」どちらがお好き? と訊ねるようなもので、結局のところ争っていることに変わりがない。そうじゃない方法を考えているうちに時は過ぎるんだけど、争う価値のない場所では、とにかくラクな道を探りたい。戦うところで戦える体力を残しておくべきだ。というか、腹の探り合い・つぶし合いで自滅したら、外集団と対峙できない。

進行管理の仕事をしていると、本当に性格が悪くなりそうだな。そもそも悪かったのかもしれないけど。

今日つくづく感じたことだ。ある媒体の進行管理で、時間通りに上がるはずの訂正がまったく届かずにやきもきしていたのだが、その裏で自分は原稿を締め切りギリギリまで仕上げていた。それって〆切に迫りすぎていること自体が良くないんだけど。「今の電話は言い訳っぽいなー、きっと盛ってるに違いない」などと考えてしまうのだ。全部じゃないから、少しは信憑性があるのかなと思いつつも。……あぁ、無礼が過ぎました。

性格が歪まずにできる仕事ってあるのだろうか?

2011 年 9 月 30 日

消費と自由

特に3月の震災以降「あなたの消費が経済を活性化させる」という掛け声をはいろんなところで聞く。正しいと部分もあるけど、そればっかり連呼されるとなんだか萎えてくる。

分不相応に大量の本を整理していたら、それを思い出した。

生きる自由を得るために、様々なものを買い込んできた。食料、洋服、家、音楽、本、機材とか。それらは幸せを呼び、育てるものにはちがいなくて。

それなのに、ふと周りを見渡せば、手にした自由への道具に囲まれ、足かせになっているような気がする。

トランクに身ひとつで飛び回れるぐらいが素敵だなーと思う。

そのためには仕事をどうにかして、時間とお金に振り回されないようにしないと……と決意も新たに、明日は9月最終日。

2011 年 9 月 28 日

レシピの風上にもおけない梅干し活用法

梅干し好きが高じた実験。

ある晩、梅干しを一袋食べ終わった後の梅酢がたまらなく美味しそうに見えた(まさか一日ではありません)。そこで、ふと思いついて梅酢ソーダを作ってみた。

・残った梅酢をコップに開ける
・氷を入れる
・ソーダを注ぐ
・マドラーで混ぜる

これだけでかなりイケてます。

フルーティで、甘酸っぱい、そしてソルティードッグのような塩気もたくわえた素敵な味です。素材が命なので、ここはぜひとも高級梅干しで(できるだけ酸っぱいほうが良さげ)。

15年ぐらい前にキリンから出ていた「スウォーター」が好きな人には抜群のおすすめ度。

え、そんなの覚えてない? wikipediaのスミっこに載っています。command+F推奨。

キリンビバレッジ – Wikipedia

かなり好きだったのに、すぐ打ち切られたのが哀しかったな…。

2011 年 9 月 26 日

写真洗浄に参加しました

週末、りす会+moi あらいぐま作戦の、写真洗浄に参加。

わたしの日常生活には「写真をめくる」という文化が根付いていない。

それでも、時間を切り取る写真の意味というか…有り難さを思った。その留め置いた時間は、津波で消し去られてしまうとか。その一方、洗浄・保存が上手くいけば、また新しい記憶と共に写真が残っていくということ。写真だから起きうることだなーと思う。

いろいろな行程を経て(もちろん、被災地での仕分けから始まるはずなのだが…)被災地に再び戻される写真たち。

今回わたしが担当したのは、
・写真を洗う
・最後にポケットアルバムに入れて整理・保管する
という2つの作業。あれらの写真が、少しでも持ち主のところへ戻ることができたらいいなと願うばかり。

作業中、特に痛感したのは、丁寧に扱わなくてはならないが、時間は限られていること。「遅いんじゃボケー」と言う人はいなかったけど。遅い被災地支援の一端を立派に担ってしまった気がする。気持ちに寄り添うなどと言ってみても本当に難しい。

しかし、もっと早く参加できれば良かったな。いろいろあるけど、できたらまた行けるようにしたい。

Page 1 of 7712345...102030...Last »